重度の希死念慮への対応、薬物療法はケタミン静注が有効

紹介する論文

希死念慮を抱えた患者さんは多くいます。もちろん希死念慮を抱えた全員が、自殺をするわけではありません。しかし、全ての自殺の計画には希死念慮が先行しています。つまり、希死念慮の段階で介入できれば、多くの自殺を防ぐことができます。

ところが、希死念慮を改善させるようなエビデンスのある薬物療法は限られています。最近ケタミンが迅速に抑うつ症状や希死念慮を改善できるという報告があります。そこで、希死念慮の消失にケタミンが有用かをランダム化比較試験で検証したKETIS試験を紹介します。

Abbar Mocrane, et al. Ketamine for the acute treatment of severe suicidal ideation: double blind, randomised placebo controlled trial. Bmj. 2022

論文の内容

Patient

希死念慮のために精神科に入院している18歳以上、臨床医が評価した希死念慮尺度(scale for suicidal ideation (SSI16) )の合計点 >3、任意入院、フランス語が話せる、インフォームドコンセントが可能、健康保険に加入または受給している患者。

除外基準

DSM-IVに基づく、統合失調症または統合失調型パーソナリティ障害、初回面接時の精神病症状の存在、前月中の物質依存(ニコチンまたはカフェインを除く)、尿検査で違法物質の検出(大麻を除く)、妊娠(既知または尿検査で陽性)、授乳中、不安定な身体状態、ケタミンに対する過敏症を含む既知の禁忌または禁忌が疑われる場合、高血圧、ClassⅣの心不全、脳卒中の既往、肝性または皮膚ポルフィリン症、頭蓋内圧亢進症の既往、臨床検査(生物学的検査、心電図)で臨床的に重要な異常がある場合、安定化していないまたは180/100 mmHgを超える高血圧、電気痙攣療法の併用、他の介入研究に参加中あるいは過去3か月以内に参加した場合、司法保護下または後見人下にある場合。

Intervention

ケタミン(0.5mg/kg)を40分かけて静注、24時間後に再投与

Comparison

プラセボ(生理食塩水)

Outcome

対象患者

ケタミン群に73人、プラセボ群に83人がランダムに割り付けられた。

また、各診断カテゴリーに割り当てられた人数は下記の通りだった。

 双極性障害(ケタミン群26人、プラセボ群26人)

 大うつ病性障害(ケタミン群26人、プラセボ群30人)

 その他の診断(ケタミン群21人、プラセボ群27人)

Mini-International Neuropsychiatric Interview 5.0で32点満点中10点以上だった重度の自殺傾向の患者は、ケタミン群では73人中71人(97.3%)、プラセボ群では82人中71人(86.6%)だった。

主要評価項目

主要評価項目は、各治療群・各診断群における、3日目に臨床医が評価したSSIの合計点が3点以下(希死念慮の完全寛解状態)の患者の割合とした。

3日目には、ケタミン群では73人中46人(63.0%)が,プラセボ群では79人中25人(31.6%)の希死念慮が完全に寛解した(オッズ比3.7 [95% CI 1.9~7.3],p<0.001)。この希死念慮が消失する効果は、投与後40分以内から発現し、3日間持続した。

ケタミン群とプラセボ群での希死念慮寛解率(72時間まで)。
紫線:ケタミン群、黄線:プラセボ群。

この効果は診断群によって異なり、

 双極性障害群で84.6%(n=22) vs 28.0%(n=7)(オッズ比 14.1[95% CI, 3.0~92.2], p<0.001)

 大うつ病性障害群で42.3%(n=11) vs 35.7%(n=10)(オッズ比 1.3[95% CI, 0.3~5.2], p=0.6)

 その他の診断群で61.9%(n=13) vs 30.8%(n=8)(オッズ比 3.7[95% CI, 0.9~17.3], p=0.07)

だった。

副次評価項目

ケタミン群とプラセボ群での希死念慮寛解率(6週間まで)。
紫線:ケタミン群、黄線:プラセボ群。

試験期間中、プラセボ群8人(9.8%)、ケタミン群6名(8.2%)が自殺を試みた。

ケタミン群の1人が自殺により死亡したが、監視委員会は介入とは無関係と判断した。

4日目から6週目にかけて、ケタミン群はプラセボ群よりも希死念慮の寛解率が高かった(69.5% vs 56.3%)。

しかし、プラセボ群の希死念慮も時間とともに改善したため、6週目では統計学的に有意な差はなかった(オッズ比 0.8 [95% CI 0.3-2.5]; p=0.7)。

有害事象

ケタミン群では17人(23.3%)に少なくとも一つの副作用があったのに対して、プラセボ群は7人(8.4%)だった。

ケタミン群で多かった副作用は、鎮静(11.0%)、離人感・現実感喪失(9.6%)、吐き気(6.8%)だった。

ケタミン群とプラセボ群で72時間以内に出現した副作用

最初の3日間で出現した副作用は全て軽度と判断され、4日目には有意に減少した。

考えたこと

ケタミンは比較的安全かつ迅速に希死念慮を軽快させました。この効果は6週間後まで、統計学的な有意差はつかなかったものの、持続していました。

ただし、希死念慮を改善させる効果は、背景疾患により差がありました。特に双極性障害の患者群で強い効果が得られています。

limitationでも言及されていますが、ケタミンで希死念慮は軽快しても、その後の自殺行為は大きく減ってません。さらにケタミンは乱用の危険性がある薬剤です。そのため、自殺行為や長期的なリスクについては、より大きなサンプルサイズを持った長期の追跡研究が必要です。

この分野に関しては詳しくないですが、希死念慮を改善させる薬剤があることに、個人的には大変驚きました。ケタミンは興奮している患者さんを早期に鎮静させることができる報告もあります。

 >>患者が興奮している時、ケタミン筋注で素早く鎮静できる

ケタミンの有用性に再度注目が集まりそうです。

ケタミンは双極性障害患者の希死念慮を比較的安全かつ早期に軽快させる

ブログ著者・監修者
  • ブログ著者・監修者
  • 上原和幸(循環器専門医、総合内科専門医、内科指導医)
    日本医科大学医学部卒業。日本赤十字社医療センターで初期研修(内科プログラム)を行う。その後は循環器内科で勤務。現在、日本医科大学付属病院 総合診療科 助教、日本赤十字社医療センター循環器内科 非常勤医師。
    主な資格:循環器専門医、総合内科専門医、内科指導医、認定内科医、臨床研修指導医、日本赤十字社認定臨床医、日本病院総合診療医学会認定医、日本旅行医学会認定医。
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