HFrEFの薬物治療、最適な薬剤の導入順番・増量期間は?

紹介する論文

 左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)に有効な薬剤として、ACE阻害薬(ACEi)、アンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬(BB)、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)が以前より知られていました。ここ10年でアンギオテンシン受容体拮抗薬・ネプリライシン阻害薬(ARNI)、Na+/グルコース共役輸送担体2(SGLT2)阻害薬、可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬であるベリシグアト、心筋ミオシン活性化薬であるオメカムチブ メカルビルの有効性が証明されています。

 これらの薬剤の中で、ACEi・ARB、β遮断薬、MRA、ARNI、SGLT2阻害薬の4種類の組み合わせで、特に予後が改善しそうなことも分かっています。

  最近では、この4種の薬剤は、’fantastic four’と呼ばれるようになりました。

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Bauersachs J. Heart failure drug treatment: the fantastic four. Eur Heart J. 2021;42:681-3より引用

 しかし、臨床的に重要な問題がまだ残っています。4種類の薬剤を導入する際、どのような順番で導入し、どれくらいの期間で増量するのが最適なのでしょうか?この疑問に応えるために、過去の臨床試験のデータを用いて治療効果をシミュレーションした研究が行われました。今回はその研究を紹介します。

Shen L, et al. Accelerated and personalized therapy for heart failure with reduced ejection fraction. Eur Heart J. 2022

論文の内容

方法

13種類の薬剤導入パターンの治療効果を検証した(以下、代表的な治療パターンのみ掲載)。

 RASi:レニンアンギオテンシン系阻害薬(ACEi or ARB)

 BB:β遮断薬

 MRA:ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬

 ARNI:アンギオテンシン受容体拮抗薬・ネプリライシン阻害薬

 SGLT2i:Na+/グルコース共役輸送担体2阻害薬

Sequence 1(臨床試験で有効性が示された順番に薬剤を導入するパターン)

Sequence 1a(Sequence 1の薬剤導入・増量を速めたパターン)

Sequence 2(SGLT2i→MRA→ARNI→BBの順で導入するパターン)

Sequence duo 2(SGLT2iとMRAを同時に開始するパターン)

治療評価項目は、心血管死+心不全入院の複合アウトカムとした(他の項目も評価されているが省略)。各薬剤の臨床試験のハザード比から、各薬剤導入パターンの治療効果をシミュレーションした。

治療効果のシミュレーションにあたり、いくつかの仮定を行った。

 ①ハザード比は一定と仮定(ただし、治療開始6か月以内と6か月以降で分けて考える)

 ②薬剤の用量・アドヒアランスは臨床試験と同じと仮定

 ③薬剤の治療によるリスク低下効果は、背景治療によらず一定かつ相加的であると仮定

 ④薬剤増量の中間時点で、薬剤効果が最大限に発揮されると仮定

結果

治療開始後1年間で心不全入院+心血管死が起こる割合は、未治療の場合、280人/1000人・年だった。

Sequence 1(臨床試験で有効性が示された順番に薬剤を導入するパターン)では、129人/1000人・年だった。

Sequence 1a(Sequence 1の薬剤導入・増量を速めたパターン)では106人/1000人・年だった。

Sequence 2(SGLT2i→MRA→ARNI→BBの順で導入するパターン)では、82人/1000人・年だった。

Sequence duo 2(SGLT2iとMRAを同時に開始するパターン)で最も予後が改善し、77人/1000人・年になった。

考えたこと

Sequence 1(臨床試験で有効性が示された順番に薬剤を導入するパターン)が、HFrEFの薬物治療導入の最善のパターンではないことが示唆されました。また、SGLT2阻害薬とMRAを早期から開始すると、予後がより改善する可能性がありそうなことも明らかになりました。

 ただし、この研究の結果を解釈するにあたり、いくつか注意が必要そうです。

  • 過去の臨床試験の結果を使用したシミュレーションであり、実際にこの治療効果が得られるかは不明です。
  • 30年以上前の心不全の臨床試験が使用されています。現代の心不全を同列に論じられるのかは疑問です。
  • 薬剤の治療効果も臨床試験の時と変化している可能性があります。もともと高血圧でRASi、糖尿病でSGLT2iを内服している例では、心不全に対する治療効果が低下しそうです。
  • 薬剤の効果は相加的でいいのでしょうか?理論上、RASi・MRA・ARNIの治療効果が相加的とは思えません。
  • 「4剤全てを導入できた」前提で話が進んでいます。実臨床では、血圧・腎機能・カリウムなどの問題で4剤全てを導入できないこともあります。
  • 今回の研究では、薬剤増量の中間時点で薬剤の効果が出る仮定でシミュレーションされています。そのため、この研究では薬剤の増量スピードが速いほうが予後が良くなります。実臨床では、早期の増量に耐えられないこともあるはずです。また、目標量まで増量するのに時間のかからないSGLT2iとMRAに有利な結果が出るのも当然と言えます。
  • BBの増量を4週間で終えるスケジュールもありますが、頻回の検査が必要です。実臨床では、あまり現実的でなさそうです。

 上記のことを考えると、この研究で示された治療プランが最善とは断言できません。実際の診療では、個々の患者さんに状態に合わせて、薬剤の導入・増量を判断する必要があります。

MRAとSGLT2阻害薬を最初に導入しておくと、予後がより改善するかもしれない。

ブログ著者・監修者
  • ブログ著者・監修者
  • 上原和幸(循環器専門医、総合内科専門医、内科指導医)
    日本医科大学医学部卒業。日本赤十字社医療センターで初期研修(内科プログラム)を行う。その後は循環器内科で勤務。現在、日本医科大学付属病院 総合診療科 助教、日本赤十字社医療センター循環器内科 非常勤医師。
    主な資格:循環器専門医、総合内科専門医、内科指導医、認定内科医、臨床研修指導医、日本赤十字社認定臨床医、日本病院総合診療医学会認定医、日本旅行医学会認定医。
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