循環器疾患の積極的検診、5年では死亡率の有意な低下は証明されず
紹介する論文
心筋梗塞・脳卒中を発症すると、致死的な経過を辿ることがあります。生存できたとしても、後遺症が残る例も珍しくありません。しかし、心筋梗塞や脳卒中は予防できる疾患です。動脈硬化性変化を早期に発見して適切な治療を開始すれば、リスクを下げられます。循環器疾患の積極的なスクリーニングを行うことで、心筋梗塞や脳卒中を防ぐことができるかもしれません。
循環器疾患の発症予防に有効と考えられるスクリーニングとして、現在日本で行われているのは「特定健康診査」です。この特定健康診査の主な対象は、40歳~74歳の国民健康保険被保険者、75歳以上の後期高齢者医療保険被保険者になります。勤務先で健康診断を行っている方は、そちらで代用されています。特定健康診査では、以下の項目がチェックされます。
喫煙歴の聴取
BMI測定
血圧測定
血液検査(中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロール、HbA1c、血糖)
心電図検査
以上の評価を行うことで、心筋梗塞や脳卒中の原因となる高血圧、脂質異常症、糖尿病のスクリーニングが可能です。心電図検査も行われており、不整脈や虚血性心疾患が発見できるケースもあるでしょう。
それでは、①冠動脈疾患・大動脈瘤を発見するための胸腹部CT、②末梢動脈疾患を発見するための脈波検査を追加することは有効でしょうか?胸腹部CTや脈波検査を含む、積極的な循環器疾患のスクリーニングが死亡率を下げるかはまだ分かっていません。
集団ベースでの積極的な循環器疾患のスクリーニングを行うべきか検証するために、デンマークでDanish Cardiovascular Screening (DANCAVAS) 試験が行われました。この試験の5年後の結果が報告されたので、紹介します。
論文の内容
Patient
デンマークの南部と中部の15の自治体に居住する65~74歳の男性
Intervention(Invited群)
下記の検査を行う検診に招待される。
心電図同期の胸腹部単純CT(冠動脈石灰化スコアの算出、および大動脈瘤・腸骨動脈瘤と心房細動の検出目的)
脈波検査(末梢動脈疾患・高血圧検出目的)
血液検査(糖尿病・脂質異常症検出目的)
検査で異常が発見された場合は、下記の心血管疾患予防対策が推奨された。
冠動脈石灰化スコアが高い
⇒ 一般的な心血管疾患予防策の推奨(※)、労作性狭心症が疑われる場合は循環器外来への紹介
大動脈瘤・腸骨動脈瘤
⇒ 一般的な心血管疾患予防策の推奨(※)、瘤の大きさに応じたフォローアップ検査、あるいは治療
末梢動脈疾患(ABI≦0.90または>1.40)
⇒ 一般的な心血管疾患予防策の推奨(※)、歩行などの運動に関する指導
安静時疼痛・潰瘍・壊疽があり、重症下肢虚血が疑われる場合は血管外科への紹介
心電図同期のモニターで不整な調律
⇒ 12誘導心電図を確認。心房細動が確認されなければ特に介入なし。
心房細動が確認されれば、心臓評価目的に紹介し、禁忌がなければ抗凝固療法開始。
高血圧疑い(収縮期血圧160 mmHg以上あるいは拡張期血圧100 mmHg以上)
⇒ 確定診断と治療のために家庭医を紹介
糖尿病疑い(糖化ヘモグロビン 48 mmol/mole以上≒HbA1c 6.6%以上)
⇒ 確定診断と治療のために家庭医を紹介
脂質異常症疑い(総コレステロール 8 mmol/L以上≒310 mg/dL以上)
⇒ 確定診断と治療のために家庭医を紹介
※一般的な心血管疾患予防策の推奨とは、以下の4つを指す
①アスピリン75 mg/dayの内服(貧血がなく、3か月以内の胃潰瘍がなく、NSAIDsの連日使用がない場合)、②アトルバスタチン 40 mg/dayの内服(CKが基準値5倍以上の値ではなく、ALTも基準値3倍以上の値ではない場合)、③禁煙、④飽和脂肪酸の少ない食事
Comparison(Control群)
検診に招待されない。
Outcome
参加者
2014年9月から2017年9月までにランダム化が行われ、Control群は29,790人、Invited群は16,736人になった。Invited群のうち、10,471人(62.6%)が最終的にスクリーニングを受けた。
患者背景
平均年齢は68.8歳だった。
1年以内の抗血小板薬の使用は約25%、抗凝固薬の使用は約9%だった。脂質降下薬は両群で約38%、降圧薬は約53%使用されていた。血糖降下薬の使用率は約13%だった。
既往に脳卒中がある方は約5%、虚血性心疾患は約4%、末梢動脈疾患は約2%だった。
主要転帰
中央値5.6年の追跡後、Invited群の2106人(12.6%)とControl群の男性3915人(13.1%)が死亡した(ハザード比、0.95;95%信頼区間[CI]、0.90~1.00;P=0.06)。5年後の死亡の累積発生率は、スクリーニングを受けた被験者では10.6%、受けなかった被験者では10.9%であった。

Invited群は赤線、Control群は青線。
副次転帰
Control群と比較したInvited群の脳卒中のハザード比は0.93(95%CI、0.86~0.99)、心筋梗塞は0.91(95%CI、0.81~1.03)、大動脈解離は0.95(95%CI、0.61~1.49)、そして大動脈破裂は0.81(95%CI、0.49~1.35)であった。事後に定義された死亡・脳卒中・心筋梗塞の複合アウトカムのハザード比は0.93(95%CI、0.89~0.97)であった。
スクリーニング検査での陽性所見
冠動脈石灰化は3,481人(33.2%)、45mm以上の上行大動脈瘤は468人(4.5%)、40mm以上の弓部大動脈瘤は48人(0.5%)、30mm以上の下行大動脈瘤は533人(5.1%)、20mm以上の腸骨動脈瘤は239人(2.3%)、末梢動脈疾患(ABI≦0.90または>1.40)は511人(11.5%)、心房細動は50人(0.5%)、高血圧疑いは400人(9.0%)、糖尿病疑いは170人(1.8%)、脂質異常症疑いは49人(0.5%)だった。
治療介入
観察期間中に行われた抗凝固薬・降圧薬・抗糖尿病薬の開始割合に群間差はなかった。しかし、抗血小板薬の開始(22.9% vs 8.3%)、脂質降下薬(20.7% vs 9.0%)、大動脈瘤に対する外科的治療(1.5% vs 1.2%)で群間差があり、Invited群で多かった。
安全性
安全性に関しては、大きな群間差はなかった。癌の発生率はInvited群が19.8%、Control群が20.3%だった。重篤な出血は6.8%と6.3%でInvited群がやや多いように見えた。
倫理的懸念

予防治療を開始されたが生存利益を得られない人数は3997人で、予防治療を開始されたうちの97.4%を占めた。本検診とその後の予防治療により生存できたと考えられる人数は108人だった。Number Needed to Invite(一人の命を救うために必要な検診の招待者数)は108÷16738で算出され、155だった。ただし、主要転帰で有意差がなく、Number Needed to Inviteを算出するのは一般的ではない。
考えたこと
65~74歳の男性に積極的な循環器疾患のスクリーニングを行っても、中央値5.6年の追跡では死亡リスクは統計学的に有意には低下しませんでした。しかしハザード比の95%信頼区間は0.90~1.00です。臨床的に意義のある検診の有益性を否定できるものではありません。
この検診が有益だとすると、どのような集団に有益なのかも興味深い点です。今回の試験では、循環器疾患の有病率が高いと考えられる男性に限定しています。有病率の低い女性では有益性が低下する可能性が高そうです。またデンマークと日本では、循環器疾患の有病率や65~74歳男性の平均余命は異なるはずです。さらに日本では、循環器疾患の予防に有用と考えられる「特定健康診査」がすでに行われています。そのため、日本で同様な集団を対象に検診を行っても、今回のような結果が得られるとは断言できません。
この試験ではInvited群で、抗血小板薬の追加とスタチンの開始、および大動脈瘤に対する外科的治療が多く行われました。冠動脈石灰化および大動脈瘤に対するスクリーニングが予防治療開始に大きく影響したのかもしれません。つまり、スクリーニング検査の中で胸腹部CTが特に有効だった可能性があります。もしかしたら、日本の健診にも胸腹部CTを追加することは意味があるかもしれません。
集団に対してスクリーニング検査を行う上で注意しなくてはいけないことが何点かあります。1つ目は「過剰診断・過剰治療」の問題です。過剰診断・過剰治療が起こると、被験者の不安をあおることになります。それだけに留まらず、医療費が増加し、被験者の身体的負担が増えます。2つ目は被爆の問題です。胸腹部CTを集団に施行すると、被爆によるがん発生リスクが上昇するのではという懸念があります。今回の試験では観察期間中、がん発生数は増えなかったようです。しかしより長期のフォローアップでどうなるかは分かりません。3つ目は、費用対効果の問題です。1人の命を救うために必要な検診の招待者数が多過ぎないかという点も考慮しなくてはいけません。これらの点を総合的に踏まえて、日本の健診・検診体制を考えていく必要があります。
今回のDANCAVAS試験の他にも、循環器疾患のスクリーニングに関する研究は行われています。2021年には、心房細動を積極的に発見するスクリーニング検査に関する論文が発表されています。
>>心房細動のスクリーニング、心電図検査を頻回に繰り返すことが有用
>>心房細動スクリーニング目的での心電計植え込み、有益性示せず
健診に胸腹部CTを追加することは、死亡率低下に有用かもしれない。