ARNI(エンレスト®)の心機能改善効果、用量依存性は確認されず

紹介する論文

 左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)には、β遮断薬、アンギオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI)、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬、SGLT2阻害薬といった有効な薬剤があります。この4つはいずれも予後を改善することが示されており、’Fantastic four’と称されます。

>>HFrEFの最適な薬物治療はβB+ARNI+MRA+SGLT2i

 HFrEFの治療を行う際、薬物は目標量まで増量することが推奨されます。薬物を増量することで、心不全増悪などの有害事象を予防できるためです。特にβ遮断薬は用量を増やすことで、リバースリモデリング(逆リモデリング)を促し、心機能が改善するというデータがあります。

 ARNIに分類されるサクビトリル・バルサルタン(エンレスト®)がHFrEFに有効であることは、PARADIGM-HF試験で証明されました。この試験では、サクビトリル・バルサルタン97/103mgの1日2回投与(400 mg/day)が行われました。しかし実臨床では、1日400 mgの投与が行われていないケースが多くみられます。ここで問題になるのが、「サクビトリル・バルサルタンの心機能改善効果に用量依存性がないのか?」という点です。もし用量依存性に心機能が改善するのであれば、「400 mg/dayを目指すべきである」と言えます。逆に用量依存性がなければ、「高用量を目指す必要はない」となるでしょう。

 サクビトリル・バルサルタンに用量依存性の心機能改善効果があるのかを検証するため、PROVE-HF試験のpost-hoc解析が行われました。今回はその結果を紹介します。

Mohebi Reza, et al. Dose-Response to Sacubitril/Valsartan in Patients With Heart Failure and Reduced Ejection Fraction. Journal of the American College of Cardiology. 2022;80:1529-41

論文の内容

対象患者

アメリカ78施設のHFrEF(LVEF≦40%)患者

試験デザイン

 ACE阻害薬またはARBを中止し、サクビトリル・バルサルタンの投与を開始する。患者は2週間おきに来院し、60日目まで薬剤の増量を行う。サクビトリル・バルサルタンの目標量は、97/103mgを1日2回(400 mg/day)とし、患者が耐えうる最大用量を目指した。フォローアップ中、薬剤による副作用が生じた場合は減量することも可能とした。

 来院毎にKansas City Cardiomyopathy Questionnaire(KCCQ)-23、NT-proBNP等を確認した。心エコーは、試験開始時、6か月後、12か月後に施行した。測定項目は、LVEF, LVEDVi, LVESVi, LAVi等とした。

結果

解析の対象者は794人だった。ほぼ全員がサクビトリル・バルサルタン24/26mgを1日2回(100 mg/day)で開始された。各患者の試験期間中の1日平均投与量を計算し、低用量群(112 mg/day)、中用量群(342 mg/day)、高用量群(379 mg/day)の3群に分けた。目標であるサクビトリル・バルサルタン97/103mg 1日2回(400 mg/day)を達成できたのは、低用量群の23人(8%)、中用量群の257人(94.5%)、高用量群の236人(100%)だった。

患者背景

低用量群(Tertile 1)、中用量群(Tertile 2)、高用量群(Tertile 3)の患者背景
低用量群(Tertile 1)はもともとACE阻害薬やARBを使われている割合が少ない。
他にもCRT(心臓再同期療法)は多く行われ、血圧は低く、腎機能が悪い傾向にある。
低用量群(Tertile 1)、中用量群(Tertile 2)、高用量群(Tertile 3)の患者背景(続き)
LVEFは3群とも28-29%程度

臨床指標の変化率

低用量群(Tertile 1)、中用量群(Tertile 2)、高用量群(Tertile 3)での心エコー所見、NT-proBNPの変化率

KCCQ-23はサクビトリル・バルサルタンの投与量によらず、同程度に増加していた。

NT-proBNPの減少率も、サクビトリル・バルサルタンの投与量に関係なく、同程度だった。

LVEF, LVEDVi, LVESVi, LAViも投与量によらず改善し、一貫したリバースリモデリングが起きていた。

有害事象

低用量群(Tertile 1)、中用量群(Tertile 2)、高用量群(Tertile 3)での有害事象

低用量群(Tertile 1)で浮動性めまい、低血圧、高K血症を多く認めた。

考えたこと

 PROVE-HF試験のpost-hoc解析では、ARNIを高用量で使うことによる、用量依存的な心機能改善効果は見られませんでした。この解析結果は、「ARNIを積極的に増量する必要はない」ことを示唆しているのかもしれません。

 しかし、「ARNIを増量しても心機能は改善できない」と結論づけることはできないと考えます。そもそも、「ARNIを増量した群」と「ARNIを増量しなかった群」によるランダム化比較試験ではありません。そのため、低用量群と高用量群で患者背景が異なります。低用量群では、もともとレニン・アンギオテンシン系阻害薬が投与されている割合が少なかったようです。そのため、心機能が改善する伸びしろが大きかったとも考えられます。さらに心臓再同期療法(CRT)を施行されている割合も大きいようです。これらの2点が低用量群でも心機能が改善した原因かもしれません。よって、「ARNIを増量しても心機能は改善できない」と結論することはできないと考えます。

 HFrEFの診療においては、’fatastic four’の導入を目指すべきです。血圧が高く、腎機能も良く、wet気味であれば、ARNIの導入・増量は行いやすいかと思います。しかし、血圧が低い、腎機能が悪い、dry気味の場合には、ARNIの使用は難しいかもしれません。血圧に余裕のない症例ではβ遮断薬とARNI、どちらを優先するのかという問題もあります。下の記事でも触れましたが、最終的には個々の患者さんの状態に合わせて判断していくことになるのかと思います。

  >>HFrEFの薬物治療、最適な薬剤の導入順番・増量期間は?

ARNI(エンレスト®)に用量依存的な心機能改善効果はないのかもしれない

ブログ著者・監修者
  • ブログ著者・監修者
  • 上原和幸(循環器専門医、総合内科専門医、内科指導医)
    日本医科大学医学部卒業。日本赤十字社医療センターで初期研修(内科プログラム)を行う。その後は循環器内科で勤務。現在、日本医科大学付属病院 総合診療科 助教、日本赤十字社医療センター循環器内科 非常勤医師。
    主な資格:循環器専門医、総合内科専門医、内科指導医、認定内科医、臨床研修指導医、日本赤十字社認定臨床医、日本病院総合診療医学会認定医、日本旅行医学会認定医。
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